名古屋地方裁判所 昭和34年(わ)115号 判決
被告人 馬場彰
昭九・三・三生 無職
主文
被告人を無期懲役に処する。
押収してある手斧一挺(証第二号)はこれを被害者片山五郎に還付する。
理由
(経歴)
被告人は昭和九年宮崎県北諸県郡高城町で出生し、十一歳の頃父母に相次いで死に別れて後は祖母の手で養育され、昭和二十七年三月高等学校を卒業すると、当時神戸市内で下宿生活をしていた次兄忠男に呼び寄せられて、民間会社に勤めるようになつたが、一年半位で健康をそこない、郷里に戻り、暫く療養したうえ、宮崎市内で工員として働いているうち、盗みを働き昭和三十年五月宮崎簡裁で懲役十月、三年間執行猶予に処せられたものである。その後、京都市内に住むようになつた忠男を頼つて上京したり、郷里に舞い戻つたりしていたが、京都でふたたび私文書偽造等の罪を犯し、昭和三十年十月宮崎地検都城支部で起訴猶予処分を受け、昭和三十一年三月頃から同年六月頃まで都城市内の食品製造会社に勤務したが、以後は生家で徒食し、同年十二月自暴自棄的な気持から生家を飛び出し、福岡、神戸、大阪、京都、名古屋、東京等各地の同級生、同郷人を訪問しては寸借詐欺、窃盗を敢行しながら放浪していた、昭和三十二年四月忠男にさとされて郷里へ帰つたが、睡眠薬自殺を図つたりして、一箇月も落着かずに家出をし、ふたたび各地を放浪して非行を重ね、昭和三十二年七月半頃名古屋市に来て、睡眠薬の服用などにより自殺しようとしたが、これも果さなかつたものである。
(罪となるべき事実)
被告人は、
第一、昭和三十二年八月七日正午頃名古屋市千種区猪高町大字猪子石字栂廻間三十四番地の百十八小野道風方に赴き、小野志ん(明治三十七年十二月十五日生)に水を乞い、同家勝手場入口に立つて同女から水を貰つてのどを潤し、一旦その場を立去つたが、水を貰つた際、右勝手場の戸棚の内にリンゴが置いてあつたのを目にしたので、前日から食事を取つておらず、空腹をしのぐためこれを窃取しようと企て、同日午後一時頃ふたたび右小野方に至り、様子を窺い、留守のように思われたので、同家勝手場で右戸棚から小野道風の管理するリンゴ一個および菓子四個位を窃取して食べたところ、外から右勝手場へ入つて来た志んにとがめられ、あわてて同家玄関から逃げようとしたが、同家内において追つて来た同女に右腕をとられ、泥棒と声を上げられたので、逮捕を免かれるため、たまたま腰に下げていた手斧(証第二号)を左手にしてこれで同女の頭部に斬りつけたが、同女がそれにひるまず、なおも同家内を逃げ廻る被告人を追つて来て人殺しと大声を立てるので、このうえは同女を殺害して逃走し逮捕を免がれようと決意し、同家応接間等において、右手に持ち換えた右手斧で同女の頭部等を滅多打にし、よつて即時同女を頭部および上肢等切割創による失血死するに至らしめたうえ、同家内において小野道風外一名所有の現金五千円および黒皮製短靴一足外衣類洋品雑貨各二点位(価格合計千九百円位相当)を強取し、
第二、別表第一記載のとおり、昭和三十一年十二月二十一日頃から昭和三十二年八月十八日頃までの間、十回にわたり宮崎県都城市川東町都城国立病院内外八ヶ所において、茂谷敬一外七名に対し、宮崎交通に勤務した等の事実もしくは返済の意思がないにもかかわらず、いずれも欺罔手段らん記載のとおり嘘を言い同人らを欺し、それぞれすぐその場で同人らから寸借名義の下に現金合計五万三千円および腕時計外衣類等合計八点(価格合計四万二千五百円位相当)の交付を受けてこれを騙取し、
第三、別表第二記載のとおり、昭和三十一年十二月三十一日から昭和三十四年一月十五日までの間、十七回にわたり、名古屋市昭和区広路本町五丁目三十二番地近藤英春方外十七ヶ所において、押谷義則外十九名の所有もしくは管理する現金合計四万七千六百円およびズボン等衣類、時計カメラ類靴カバン類外雑品合計五十九点(価格合計十万二千二百円位相当)を窃取し、
第四、昭和三十一年十二月三十日頃名古屋市内において村田俊一郎からバーバリレインコート一着(価格二千円位相当)を借り受けて保管中、昭和三十二年一月一日頃止宿していた同人の下宿先である同市昭和区広路本町五丁目三十二番地近藤英春方から京都市へ向け逃走するに際し、これを拐帯して横領し、
第五、広島県呉市荒神町九十五番地うどん製造業曽根茂方に店員として雇われ、うどん玉等の配達および代金の集金等の業務に従事中、昭和三十四年一月十五日午後七時頃同人方において、同日同市内得意先から受領したうどん玉等の販売代金合計二千九百三十三円を同人のため保管中、自己の用途に充てる目的でこれを着服横領し
たものである。
(証拠の標目)〈省略〉
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は、被告人は前記第一の強盗殺人の犯行当時心神喪失もしくは心神耗弱の状態にあつたと主張するかの如くであるが、被告人は右犯行時からかなりの時日を経過した後において検察官ならびに司法警察員の取調および当公廷において右犯行の逐一を自供し、その供述内容態度からみても、被告人が右犯行当時心神喪失もしくは心神耗弱の状態に陥つたとは到底認められない。弁護人の右主張は採用できない。
(法律の適用)
被告人の判示所為中、第一の強盗殺人の点は刑法第二百四十条後段に、第二の各詐欺の点はいずれも同法第二百四十六条第一項に、第三の各窃盗の点はいずれも同法第二百三十五条に、第四の横領の点は同法第二百五十二条第一項に、第五の業務上横領の点は同法第二百五十三条にそれぞれ該当するところ、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから、最も重い右強盗殺人の罪につき所定刑中いずれを選択すべきか、ここに量刑について考えてみることとする。
右強盗殺人の犯行につき先ず注目されるのは、その殺害の方法であつて、被告人は被害者小野志んの頭部顔面等を手斧で乱打したもので、現場の凄惨さには慄然とさせられるものがあり兇暴残虐というべきものであること、被告人は右犯行に至るまでに犯罪を重ねながら放浪生活を続けて来ており、その反社会的性向には強度なものがあること、被害者志んは余生を安楽に送つていたものであり、被害者の立場として責むべき過失はなく右犯行によりその遺族および一般社会、特に被告人が右犯行後長く逃走していたため現場附近居住民の人心に与えた影響不安には大きなものがあつたこと等の事情を考慮すれば、被告人の罪責はまことに重大であるといわなければならない。
しかしながら、他方、右犯行は計画的なものでなく、全く偶発的なものであること、すなわち、犯行前日から食べ物を口にせず、空腹に耐えかねて、偶然被害者方で目にしたリンゴを盗みに忍び入つたところを、右被害者に発見され、逃走しようとしたが勝手を知らないため容易に逃げ終えることがならず、また同女の許しを乞うても聞き入れられず、切羽詰つて、たまたま所持していた兇器を振い、さらに、同女が執拗なまでに追詰めるので、ついに同女を殺害するに至つた事情にあり、平素の被告人は気弱な性質の人間であり、右犯行の外観の兇悪残忍さがそのまま被告人の性格の表われと見ることはできない。さらに被告人はいまだ二十年代の半にあり、前途に春秋に富み、ようやく反省悔悟の色を示しており、更生の可能性もなくはなく、その他家庭の事情等を斟酌すれば、被告人に対し極刑を以つて臨むことは過酷なものというべきであり、社会的復帰の途を通じておくことが相当であるといわなければならない。
そこで、右強盗殺人の罪につき所定刑中無期懲役を選択し、同法第四十六条第二項本文により他の刑を科さず、右強盗殺人罪につき被告人を無期懲役に処し、押収してある手斧一挺(証第二号)は、被告人が判示第三別表第二の16記載の窃盗の犯行により得た賍物で被害者に還付すべき理由が明かであるから、刑事訴訟法第三百四十七条第一項によりこれを被害者片山五郎に還付することとし、訴訟費用は同法第百八十一条第一項但書を適用してこれを被告人に負担させないことにする。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 赤間鎮雄 石川正夫 豊島利夫)
(別表第一) 詐欺犯行一覧表
番号
犯行年月日(頃)
犯行場所
被害者
欺罔手段
被害現金(円)
被害物品
品名
時価(円位)合計
1
三一、一二、二一
宮崎県都城市川東町
都城国立病院内
茂谷敬一
宮崎交通に勤めているが明日俸給を貰つて返すから貸してくれ
三、〇〇〇
2
〃 〃 二三
〃
〃
明日返すから時計を一寸貸してくれ
腕時計一個
六、〇〇〇
3
三二、二、一四
東京都中野区本町通り三ノ四二
小池忠雄方
久保田貞雅
学校へ行つている妹がスキーに行く金を預つていて飲んでしまつたから貸してくれ金を妹の学校に届けに行くのでオーバー等も貸してくれ
二、〇〇〇
腕時計 一個
オーバー 一枚
ズボン 一枚
マフラー 一枚
短靴 一足
三〇、〇〇〇
4
〃 〃 二三
大阪府岸和田市大町阪和線久米田駅前 大町郵便局内
岡崎信義
モルモツトの商売をしているが買付資金を立替えてくれ明日返す
二八、〇〇〇
5
〃 六、一〇
山口県下関市迫町
加納偵次方
荒武八洲男
一寸外出するから時計を貸してくれ
四、五〇〇
腕時計一個
四、五〇〇
6
〃 〃 二五
同市王善町航空自衛隊第一操縦学校面会室
浜川安弘
津乗君等が帰る旅費を貸してやつてくれ郷里へ電報してあるから明日返へす
二、〇〇〇
7
〃 七、八
大阪府豊中市大字芝原
大阪大学工学部内
末村毅
下宿先に金を忘れて来たから貸してくれ時計も一寸貸してくれ
五〇〇
腕時計一個
二、〇〇〇
8
〃 八、一四
大阪市東区農人橋詰町一四
山下敬次方
山下敬次
野球の応援に来たところ金をすられたから貸してくれ
一、〇〇〇
9
〃 〃 一七
〃 〃 今橋町二の六
大阪屋証券株式会社
花岡成晃
郷里の野球選手を歓待してやりたいから貸してくれ
二、〇〇〇
10
〃 〃 一八
神戸市長田区川岸通り四ノ二二
北岡成晃方
〃
カメラを買う金が足らぬから貸してくれ
一〇、〇〇〇
計
九ヶ所
八名
五三、〇〇〇
八点
四二、五〇〇
(別表第二) 窃盗犯行一覧表
番号
犯行年月日(頃)
犯行場所
被害者
被害現金(円)
被害品
品名
時価(円位)合計
1
三一、一二、三一
名古屋市昭和区広路本町五ノ三二
近藤英春方
押谷義則
ラジオ 一台
八、〇〇〇
2
三二、一、七
大阪市城東区野江東千代田油脂株式会社
野江工場寮内
石谷倫夫
二六、五〇〇
腕時計 一個
三、五〇〇
3
〃 〃 二八
東京都杉並区荻窪三ノ七〇
大河原勇吉方
佐藤信人
四、五〇〇
4
〃 〃 三一
〃 千代田区代官町二
東京学生会館内
増元輝雄
片山八一
四〇〇
オーバー一着、マフラー一枚、郵便貯金通帳一通、印鑑一個、学生証一枚、煙草ケース一個
六、八五〇
5
〃 二、四
〃 〃 九段四の一五
宮崎県東京学生寮
白洋舎内
後藤修朗
六、〇〇〇
6
〃 〃 一七
常滑市榎戸字平芝八
愛知紡績株式会社
榎戸工場寮内
若松康吏
一、〇〇〇
7
〃 三、九
神戸市灘区深田町四丁目
深田正方
丸屋信雄
カメラ 一台
三脚 一台
二〇、〇〇〇
8
〃 〃 二六
名古屋市中村区岩塚町新屋敷二八
江場章方
池上清三
巖本愛爛
一、五〇〇
カメラ一台、腕時計一個、合オーバー一着、冬オーバー一着、ズボン一枚、手袋一組、外国人登録証明書一通
九、五五〇
9
〃 五、一五
鹿児島市鴨池町一五の一
平峯三之丞方
池之上邦彦
革鞄一個、ダスターコート一着、ズボン一枚貯金通帳一通、印鑑一個
一〇、〇〇〇
10
〃 〃 三一
福岡県久留米市日吉町一丁目
喫茶店 白馬車内
上村卓
学生証 一枚
手帳 一冊
11
〃 六、四
〃 〃 御井町高良山二三四
金子静江方
〃
学生帽 一個
ワイシヤツ 一枚
ズボン 一枚
三、〇〇〇
12
三二、六、一〇
山口県下関市迫町
加納偵次方
荒武八洲男
ズボン 一枚
ワイシヤツ 一枚
二、一〇〇
13
〃 〃 二六
〃 〃 長府町
安養寺 河内俊輔方
太田国義
野上高靖
学生服上衣二枚、ズボン三枚、皮短靴一足、ボストンバツグ一個、手提カバン一個
一〇、八〇〇
14
〃 〃 二九
大分県別府市亀川町昭波園二二〇一
黒木病院内
内山弘
堀尾慎弥
一、七〇〇
ズボン 一枚
懐中時計 一個
一一、八〇〇
15
〃 七、八
大阪府豊中市麻田一三七六
南親宏方
末村毅
六、〇〇〇
シヤツ 一枚
靴下 一足
一〇〇
16
〃 〃 二三
名古屋市千種区猪高町栂廻間
片山五郎所有山荘内
片山五郎
携帯用手斧一丁、中古毛布一枚、キヤンプ用テント一枚、ビール一ダース位、ウイスキー一本、カルピス一本
一五、〇〇〇
17
三四、一、一五
広島県呉市荒神町九五
曾根茂方
曾根茂
編上靴 一足
一、五〇〇
計
一七ヶ所
二〇名
四七、六〇〇
五九点
一〇二、二〇〇